昨日は知人の結婚式で、ドビュッシーとサティの演奏をしました。
サティをちゃんと弾くのは初めてで、ドビュッシーもレパートリーではなかった新しい曲。
私はいつも、どうやって弾くのが良いのか、どういう曲なのか、というのを、結構ぎりぎりまで迷っていたり考えていたりします。
本番数日前になって「ああ、こういう風に弾いたらいいんだな!」とわかることもしばしば。
でもいつも思うのは、「最後は自分が良いと思うように、どう弾くか決めるしかない」ということです。
実は私は「自分で決める」というのがどちらかといえば苦手でした。
幼いときから我ながら本当に真面目で、先生のおっしゃられたことは一字一句逃すまいと楽譜
に書き込み、書き込みで楽譜が見えなくなってしまって新しいコピーを作ってはまたいっぱい
になるまで書き込む・・というくらい(苦笑)。
実際にそうして得たものは、多大で貴重で、今でも私の血肉となってしっかり残っています。
でも、それだけ先生の言葉を書き込んでしまうというのは、
自分の考えがしっかり持てない、
先生に頼ってしまう、
または人の言葉に非常に影響される、
ということでもあり、先生に教えて頂いたことをひたすら一生懸命やろうとしていた学生時代の私のピアノは、一つ一つを丁寧に慎重に演奏していく、ある意味綱渡りのようなピアノだったのではないかと思います。
音楽の細かい部分だけでなく、それが有機的に結びついて、一つの大きな音楽を説得力を持って演奏する、というのとは程遠かったのではないかと・・・。
私が音楽にしても何にしても、自分で考えて自分で決める、ということが本当にできるようになったのは、30代も近くなってからのような気がします。
「自分で決める」ということをするのに、私はとても時間がかかってしまいました。
生徒さんには、レッスンでは色々と言いますが、最後は自分がいいと思うように楽しんで弾いてね!と言っています。
アドバイスを真剣に聞けることや柔軟に取り入れられることはとても大事な能力だと思いますが、それと同時に、
自分で本当によく考えて納得して弾くこと、自分で決めたことに自分で責任を持つことは、逞しく、楽しいことだと思うからです。
そしてそうした演奏こそが、人の心に説得力を持って訴えかけることができるのではないでしょうか。